1000の風

先日、ESLで知り合った方のお父さまがなくなりました。

メキシコから来ている彼女は、小学生の男の子のお母さんでもあります。
いつも元気で明るくて、ユーモアがあって、
彼女が来ると、そこに、ぱっとライトが灯るよう。

でも、今日、1週間ぶりに教室に来た彼女は、
真っ黒いコートを羽織っているような雰囲気で、
パンパンに泣き腫らした目をして、
それでも、“寂しいけど、でも大丈夫よ”と、懸命に笑顔を見せていました。

実は、彼女のお父さまがなくなったことを聞いてから今朝まで、
こんなとき、どんな風に言葉をかけたら、
どんな風にしたら、彼女に届くのだろう、と考えていました。
そもそも、こちらでは、どんな風にお悔やみをするのだろう、と。
こんな時には、違う文化の中にいることを実感し、もどかしく、本当に悔しく思います。

今朝になって、彼に相談したところ、
“Sammy式でいくしかないんじゃない?”
との答え。

それで吹っ切れて、自分式に、彼女宛に、拙い英語でカードを書きました。
彼女へのメッセージと、
それから、父を亡くした時の自分をすこし救ってくれた“A THOUSAND WINDS"の詩を。



私の父は4年ほど前になくなりましたが、
今でもまだ、誰かの死に出会うたびに、
こんな時は、その方の死を悼む気持ちと共に、
あの頃のいろんなことがよみがえってきて、心が揺れます。
もちろん、今は、あの頃ほどではないけれど。

最期を迎えるまでの数日間の、今思えば、絶望的な希望とか期待とか、
最後を迎えたときのこととか、
その後の、すごく現実的なあれこれの中で消耗していったものとか、
親しいがゆえに、善意ゆえに傷つけられたこととか、
できれば知らないままでいたかったこととか、
いろいろなことを、ふううっと思ったりします。

あの時期に得た、すごく得がたいものとか、
すごく救われた誰かの言葉とか、
父からもらったたくさんのもの、とか、そういう明るいことではなくて、
暗い、つらいことばかり。(苦笑)

そこから、少しずつ、自分が回復していく過程には、
多分、他の家族ひとりひとりがそうであったように、
自分自身でしか、何とかできないこともあって、
今でもまだ、何とかできない部分を相手に、バタバタもがいている様な気がします。

なので、今回のことを聞いた時、
きっと、彼女も同じような過程を辿るのだろうと思うと、
何かをせずにはいられない気持ちになりました。
多分に、自己満足かもしれないけれど。
でも、彼女が少しでも楽になればいいなとおもうし、
少なくとも、これ以上、傷つけられることがないと良いなと、心から願ってやみません。
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by SammyFelix2006 | 2007-02-05 19:34 | Daily Life
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